ユヴェントスから来たイタリア代表の26歳は4年契約でローマに加入した。先週末ローマへの移籍を終えたサイドバック、レオ・スピナッツォーラはROMATVの取材で自身の移籍について語っている。
契約書に署名したスピナッツォーラはジャッロロッシに加わる喜びを明らかにした。
「本当に素晴らしい気分だよ」
スピナッツォーラ「正直、俺はガキの頃からローマが好きだったんだ。それこそバティストゥータの頃からね。バティのゴールパフォーマンスを真似していたんだ。だからずっとローマが好きだった。チームのプレースタイルも観ていて楽しかったよね。それにローマは世界的に最も美しい都市のひとつだ。オリンピコはアメージング!ティフォージも素晴らしくて情熱的だ!本当にローマに来る事ができて嬉しいよ」
新監督パウロ・フォンセカが新しいアイデンティティをチームに植え付けようとしている現在、スピナッツォーラは個人の目標、チームの目標についてそれぞれ答えた。
「今シーズンはローマにとってゼロイヤーだ」彼ははそう言った。
スピナッツォーラ「ローマのプロジェクトは、多くのイタリア人、多くの若い選手で戦うというもの。これが俺たちの新しい冒険のスタートになるだろう。俺個人にとっても重要な事だよ。新しい監督と新しいサイクルが始まるんだからね。でも、間違いなく良いグループになると思う。だって7,8人はすでに代表で見知った仲だしさ、楽しくやれるはずさ。そして一緒に何かを作り上げる事ができると思ってんだ。俺は再びリーグで素晴らしいシーズンを過ごしたい。ユヴェントスではあまりプレーしなかったけど、出場した時は良いプレーができてた。あれをもう一度繰り返す。ローマで俺はフィジカル、メンタルで継続性を持ってたくさんプレーしたいと思っているんだ」
10 Things to Know about Leonardo Spinazzola (スピナッツオーラについて知っておくべき10のエピソード)
1
レオナルド・スピナッツオーラは1993年の3月25日にウンブリアのフォリーニョで生まれた。彼は古い記憶を辿る。「4歳になると俺は地元のヴィルトゥスフォリーニョに入りたいと考えた。でも、俺は6歳まで待たねばならなかったんだ」
2
スピナッツオーラは14歳でシエナのユースアカデミーに入った。足首の故障の後、暫く家に帰りたい母に願い出ると、母はレオにこう言った。「これを逃したらもうサッカー選手になるチャンスはないわ。もう一度、よく考えてみなさい」彼は母の言葉を受け入れた。2010年にユヴェントスに加入すると、その2年後にスピナッツオーラ所属のユースチームは、ヴィアレッジョカップ(Torneo di Viareggio)を勝ちとった。
3
2012年に当時セリエBのエンポリに移籍。そして古巣シエナを経てアタランタへ行く。2014年8月のヴェローナ戦でスピナッツオーラはセリエAデビューを果たした。その後2度、セリエBクラブを経由して、再びアタランタへ2年間のレンタル移籍となった。
4
この2年間のベルガモでのプレーでスピナッツオーラは確固たる地位を築いた。トータル57試合、内6回はヨーロッパリーグ。2016-17のカンピオナート4位のキープレイヤーとなった。
5
2018-19シーズン、ユヴェントスはスピナッツオーラを呼び戻す。2019年1月にユヴェントスでデビュー。2か月後のチャンピオンズリーグ、アトレティコ戦では3-0の勝利に決定的なパフォーマンスで貢献した。
6
それまで度々イタリア代表のアンダーには呼ばれていたが、2017年、当時の監督ベントゥーラによってA代表初召集。アムステルダムのオランダ戦でデビューを果たした。
7
左サイドバッグのスピナッツオーラは、中盤の高い位置や、右サイドでもプレーが可能だ。貴重なユーティリティプレイヤーである。彼は以前こんな冗談を言った。
スピナッツオーラ「得点を除けば、俺はセンターフォワードからセンターバックまであらゆるポジションでプレーできるよ!」
8
彼の特徴は、ファーストタッチで相手を引き離すスピードでスペースを空けて攻撃のチャンスを作り出すプレーにある。そのスタイルは常にジャンルカ・ザンブロッタと比較されてきた。そしてザンブロッタはスピナッツォーラが多大な影響を受けた選手でもある。「俺はザンブロッタが史上最強のサイドバックだと思っている。俺も彼と同じで、ウイングからサイドバックに転向したんだ」
9
スピナッツオーラは長年連れ添ったミリアムとの間に子供がいる。その男の子の名前はマッティア。2018年の3月に誕生した。
10
レオはSNSをやっている。
Instagram (@spina_leo)
Facebook (@spinazzola.leo)
コメント