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ピャニッチ「ぼくが批判にされたとき、デ・ロッシはいつも最初に守ってくれた」

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かつてフランチェスコ・トッティから、自身の愛称である王子(イル・プリンチペ)にちなんだピッコロ・プリンチペ(小さな王子様)の呼び名を頂戴したミラレム・ピャニッチ。その後、バイアウトでユヴェントスへの電撃移籍には多くのロマニスタたちが失望した。もちろんぼくもその一人だ。あれから8年、34歳になったピャニッチがコリエレ紙でデ・ロッシについて話している。ローマやデ・ロッシについて話す『元』小さな王子様のインタビューをお届けしたい。余談だがこのインタビューを呼んでぼくはもうすっかり彼を許した。


ローマとの別れについて
ピャニッチ「ローマで5年間プレーした。ユヴェントスは3年目の終わりにはぼくが欲しいと言ってきた。でもぼくはまだローマに貢献できるのではないかと考えていて、オファーをすべて断った。ローマでタイトルが欲しかったんだ。難しい選択だったけど正しい決断だと思っていたよ。PSGもぼくを追っていた。そして最後はユーヴェに行った。これがサッカーなんだ。でも、ローマは常にぼくの心にある」

デ・ロッシについて
ピャニッチ「彼とは5年一緒にプレーしたことになるね。いつか監督としてベンチに座る男だと思っていたよ。大好きな友達だ。ダニエレは自分のサッカーを表現している。契約延長も満足している。素晴らしい仕事をしているけど、このレベルを維持することが重要で、大きなプレッシャーの中でまだまだ多くを学ぶ必要がある。でもダニエレはローマの環境もチームも熟知しているよね。ぼくは『デ・ロッシ監督』の前日会見を聞くのが好きなんだ!」

バンディエラとしてのデ・ロッシ
ピャニッチ「ダニエレはぼくが批判にさらされたとき、いつだって真っ先に守ってくれた。チームメイトを悪く言う人がいれば、リーダーとして一番最初に声を上げる男だった。監督としても同じ事をしていると判る。常に正しい言葉で語りかける。ロッカールームでリスペクトを得る方法を知っているんだ。あの時、ローマにはトッティとデ・ロッシ、2人のカンピオーネがいたんだ。トッティは技術的なリーダーで、ピッチの上で魔法を見せた。そして、デ・ロッシは政治面でのリーダーだった。先日のヨーロッパリーグのミラン戦は見事で、戦術的、メンタル的に完璧な準備をしていたね。ダニエレは真面目で、知的で用意周到な男だ。それだけでなく、キャリアの中で何人もの優れた監督と仕事をしているのも大きい。そういった名将から少しずつアイデアを借りて、自分のサッカーを発展させているんだよ」

<了>

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