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パウロ・フォンセカ「ペトラーキが去った後、現場を一人で管理しなければならなかった」

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ローマを退任したフォンセカがSKY SPORTSでローマ時代について赤裸々に語った。環境の難しさ、そして現場のマネジメントの難しさ、そしてローマへの想いについて知ることができる。もしかすると彼もまた、ローマのごたごたに巻き込まれた被害者の一人なのかもしれない。


今、胸に去来する感情はどのようなものでしょう?

フォンセカ監督「私はローマに全てを捧げてきた。一緒に働いてきた人たちと素晴らしい関係を築くことができたし、それこそ私にとってとても大切なものなんだ。就任初年度はとてもポジティブだったと思う。新しいスポーツディレクターがやってきて、大きな変革のシーズンになった。ペトラーキSDは素晴らしい仕事をしたし、ずっと私をサポートしてくれた。2シーズン目は、クラブ売却という難しい状況ではあったが、3月までは順調に戦うことができていた。しかし、この時期に主力の怪我が相次いだ。結局、ヨーロッパリーグの準決勝で私たちは13人の離脱者を出していた」

ジェコからキャプテンを剥奪しました。

フォンセカ監督「どんなチームでも起こり得る問題だ。彼のキャプテンマークを取り上げるという決断はクラブと私の判断だ。その後、本人とも話し合いをして、この件は解決している。ただ、今更蒸し返してもどうにもならないが…」

フィオレンティーナを指揮する可能性はあったのでしょうか?

フォンセカ監督「コンタクトはあったが、今それを話す必要はないだろう。既にフィオレンティーナには素晴らしい監督がいるのだから」

次のベンチほイタリアか、それとも外国になりますか?

フォンセカ監督「そうだな。私はイタリアがとても好きだ。ポルトガル人のライフスタイルに似ているように思うよ。ただ、こればかりは熟考しなければならない。困難なシーズンを過ごして、今は家族とゆっくりしたいと思っている」

どのようにローマでの終わりを告げられたのでしょうか?

フォンセカ監督「ハッキリと言われたわけじゃないんだ。しかし、オーナーが変わって、サイクルが終わるだろう事は容易に想像できた。普通ならそうなるだろうってね。1月にピントがやってくると、私たちはたくさん話す機会を持った。その話の中で私の時間が終わるのだと理解できた」

もっと信頼されると思っていましたか?

フォンセカ監督「いや、それは関係なかったよ。むしろ、私にとって最も困難な瞬間は、ペトラーキが解任されたときだった。それからは、誰の手助けもなく、1人でチームを管理しなければならなかった」

例えば交代枠間違えによる勝点剥奪などもありました。

フォンセカ監督「ローマのようなクラブでは許されない過ちだ」

ロッカールームにリーダーが不足しているのでしょうか?

フォンセカ監督「いや、未来のリーダーならば既にいる。既にマンチーニがそうだ。だからリーダーの不在が問題ではないんだ。その点では、ローマは常にポジティブな未来を持っている」

あなたは紳士的な振る舞いを好みます。それは長所なのか、それとも短所なのか?

フォンセカ監督「それが私、パウロ・フォンセカなのだと思う。自分を偽ることはできないし、これは美徳なのだと思っている。結果がどうであれ、周囲を尊重する必要がある。たとえジャーナリストでも、用具係であっても、私はこれまで働く人たちと良い関係を築いてきたつもりだ」

モウリーニョ監督と話はしましたか?

フォンセカ監督「数回だけSNSのやり取りをした。誠実な言葉を掛けてくれたよ」

ローマのモウリーニョは正解だと思いますか?

フォンセカ監督「ジョゼは素晴らしい監督さ。ローマでの成功を心より願っている」

サッスオーロのデ・ゼルビ監督があなたの古巣シャフタールに就任しましたね。

フォンセカ監督「私はこれが大正解だと思っているんだ。何故ならば、彼をイタリアで最高の監督だと思っているんだからね。とても攻撃的で、勇敢なタイプだね。シャフタールにとってこれ以上の選択はないだろう。きっと何かを勝ち取るはずだ。シャフタールは私にアドバイスを求めたりはしなかったが、もし訊かれていたらやはりデ・ゼルビを推薦したよ」

〈了〉

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