アントニオ・ミランテ:ロングインタビュー第2回「心からクラブの選手になる必要がある」

スポンサーリンク

 

第1回はこちらから↓

―プロへの扉が近づいていました。

ミランテ「ユーヴェの下部組織で、ヴィアレッジョカップを2回、コッパイタリアを一度制した。それまでは他のクラブの方が良い下部組織を持っていたけど、ユーヴェはこの時期に才能のある若者を多く獲得していたんだ。プロという目標に近づいている予感は確かにあったよ。だけど、キーパーという仕事は他のフィールドプレイヤーとは勝手が違うとも思っていた。プリマを卒業したら、まずはセリエCでプレーするのが一番の目標だったよ。それで運が良ければセリエBに行けるかもみたいなね。でも、そのためには実力だけでなく運も必要だ。私はジャン・ピエロ・ガスペリーニ監督が就任したクロトーネに加入した。クロトーネはセリエBに昇格したばかりで、マッテオ・パーロ、ダニエレ・ガスタルデッロ、コンコ、マイエッタ、トマス・グズマンといったユーヴェ時代の仲間がいて、とても快適に過ごすことができたね。このシーズン良いプレーができたことで、私自身ようやく自分がトップカテゴリーでプレーできるのかもしれないと感じ始めたんだ」

Club League Season League Cup Total
Apps Goals Apps Goals Apps Goals
Crotone Serie B 2004–05 41 0 3 0 44 0

―プロを目指す若者にアドバイスはありますか?

ミランテ「下部組織を退団するのは、学校を出て、大人の世界に飛び込むのにもちょっと似ている。おそらく多くの壁がそこには立ちはだかるだろう。ビッグクラブのプリマにいるほとんどの若者がレンタルで他の場所に行くことになる。そこで、所属元のクラブが君を見守り、助けてくれると考える事が必ずしも間違いだと私は思わない。しかし、本当に直面する困難を克服するには、心から今在籍しているクラブの選手になる必要がある。自分がどんな凄いクラブからやってきたかは関係ないんだ。なぜならば、そこでは全員が異なる場所からやってきて、たった一つの同じ目標を共有するのだから」

―その後、あなたはシエナに移籍します。

ミランテ「初戦がコッパイタリアのアタランタ戦で、そこで4-0で敗れると、カンピオナート開幕のカリアリ戦では、開始早々10分でマウロ・エスポージトに決められてしまった。私たち全員、コッパイタリアの悪夢が蘇ったよ。最終的にはエンリコ・キエーザのドッピエッタで勝利して、そのシーズンはポジティブなものとなった。しかし、25節を終えた後に、マルコ・フォルティンにスタメンを明け渡さねばならなくなった。それでも数試合後には取り返すことができたけどね。ここで私は、フランチェスコ・アネッリーノという素晴らしいキーパーコーチと出会うことになる。残念ながら、アネッリーノは不慮の交通事故で亡くなってしまったけど、最後はアントニオ・コンテ監督のコーチスタッフとして働いたんだよ。元々コンテは、このシーズンにデ・カーニオ監督のアシスタントとしてシエナで働いていたから、その繋がりがあったんだ」

Club League Season League Cup Total
Apps Goals Apps Goals Apps Goals
Siena Serie A 2005–06 26 0 3 0 29 0

―シエナの後、ユヴェントスに復帰しました。それもセリエBの。

ミランテ「正直言うと、出場機会のあるクラブでプレーを望んでいた。しかし、ブッフォンのいるユーヴェから呼び戻された。奇妙な状況だったね。セリエBのユーヴェには、ネドヴェドだけでなく、ワールドカップのファイナルを戦った4人の選手がいたのだから。23歳になっていた私は、この1年を学びのシーズンだと考えることにした。結果、この素晴らしいチームで多くを学ぶことができたと思う。それに、ナポリ、ジェノアという素晴らしいクラブと一緒にストレートインで昇格を決めることもできたからね」

Club League Season League Cup Total
Apps Goals Apps Goals Apps Goals
Juventus Serie B 2006–07 7 0 0 0 7 0

―そして、ユヴェントスを退団してサンプドリアに加入します。

ミランテ「出場機会を求めてサンプドリアに移籍したけど、幸せとは程遠い経験になってしまったよ。なぜ起用されないのか?その理由が自分にあると思い過ぎていた。もっと気楽に考えればよかったのだけれど、そもそも私はそんな性格じゃないからね。コッパイタリアの決勝に進むことができたから、チームとしては悪くない2シーズンだったと思う。それから私はパルマに加入した。ここで自分が完全にキーパーになれたと感じたよ。パルマはそうなれる完璧なチームだったのさ。それまでの私は、良い資質を持つ若手といったところで、十分に成熟していたとは言い難かった。だけど、パルマで私は完成した。この街がとても大好きだった。チームも良い成績を残したよね。ようやくセリエAでキーパーとしての地位を確立できたと感じたよ。ドナドーニ監督がいたおかげでヨーロッパカップの出場権を得た。残念ながら、その大舞台でプレーすることはできなくなってしまったけど・・・」

―パルマというセリエAクラブの破産。選手から見て何が起こっていたのでしょうか?

ミランテ「・・・サッカークラブで見てはいけないものをすべて見たように思えた。信じられないかもしれなけど、選手たちがトレーニングをしているところに誰かが来て、ジムの設備を運び出していった。私は責任者が刑事罰を受けたかどうかは判らない。でも、当時パルマで働いていたすべての人が酷い扱いを受けていた。サッカーの暗黒期だった。私たちはカンピオナートを6位で終えたことでヨーロッパリーグの出場が決まっていた。予備選を戦う準備ができていたんだ。しかし、UEFAはパルマの大会登録を許可しなかった。そこから試練が始まったんだ・・・」

Club League Season League Cup Europe Total
Apps Goals Apps Goals Apps Goals Apps Goals
Sampdoria Serie A 2007–08 13 0 4 0 1 0 18 0
2008–09 9 0 2 0 2 0 13 0
Parma Serie A 2009–10 37 0 1 0 38 0
2010–11 36 0 0 0 36 0
2011–12 29 0 0 0 29 0
2012–13 33 0 0 0 33 0
2013–14 36 0 1 0 37 0
2014–15 33 0 2 0 35 0

第3回につづく

コメント

  1. 41 より:

    如月さん
    リクエストに応えていただきありがとうございました。
    第三回も楽しみにしています。

    • 如月(管理人) より:

      41さん
      こちらこそリクエストありがとうございます。第3回もがんばります!

スポンサーリンク