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【ローマ孤立した名将】フォンセカ監督「4-2-3-1から3-4-3へ」

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2019年、コンテ招へいに失敗したローマは、すぐにシャフタールで辣腕を奮っていたパウロ・フォンセカ監督を呼び寄せた。しかし、この時のフロント陣に端を発した内部崩壊がトッティのディレクター辞任となり、その後、スポーツディレクターが解任されるなど、セリエA初挑戦のフォンセカ監督にとって、その能力をいかんなく発揮できる2年間だったとは言い難い。また彼は現場とフロントを繋ぐスタッフを欠いたまま、カピターノ、アレッサンドロ・フロレンツィを戦力外通告しなければならず、これは現在も一部のロマニスタの過渡な批判の的になっている。だがしかし、当時のフォンセカ監督は、戦術先進国ポルトガルの新進気鋭の若手監督で、彼にに完璧な仕事環境があれば、ローマで成功したのではないかと今でもぼくは思っている。それだけに、フォンセカ監督にはいちロマニスタとして感謝しかない。

フォンセカ監督が配信動画で、どのようにローマの2年間を過ごしたのか、システム変更に至る経緯を戦術的分析を交えて語っている。


4-2-3-1
フォンセカ監督「まずローマに到着して、シャフタール時代と同じシステムを採用することにしました。つまり、4-2-3-1で、サイドを広げてウイングに積極的にが内側に入るスタイルです。ですが、やってみてすぐにイタリアのクラブがハイプレスを掛けてくる為に、このシステムで戦うために他の解決策を探す必要がありました。GKパウの前にマンチーニ、スモーリング、右がフロレンツィかサントン、左はコラロフかスピナッツォーラを選択しました。ハイプレスで嵌められてラインが上がらないとも言えますが、実際ハイプレスの方がスペースを探しやすいと考えることもできます。ですので、中盤はクリスタンテを置くことで、ヴェレトゥがより自由に攻撃参加できるようにして、ジェコに下にザニオーロ、ペッレグリーニ、ミキタリアンを置きました。ザニオーロがけがをした際は何度もクライファートを使っています」

3-4-3
フォンセカ監督「シーズン途中から3-4-3に変更しました。攻撃の方法は以前のモジュールと同じですが、守備の改善を考えてのものです。イタリアのほとんどのクラブが5人で攻撃を仕掛けてくるので、4バックでは自陣深くで相手をコントロールすることが難しかったのです。ですので、センターバックを一人加えることにしました。また意図としては、私たちがポゼッションで押し上げた際、ディフェンスを3枚置いていれば、ボールをロストからトランジションが切り替わってもカウンターに対応することが可能だったからです。事実、私たちは3-4-3に変更してから失点が劇的に減り、7勝1分けで無敗でシーズンを終え、次のシーズンも同じシステムでプレーを続けることにしたのです」

3バックの利点
フォンセカ監督「4バックとの大きな違いは、これまではMFが最終ラインに落ちなければならないところで、3バックではその必要がなく、コラロフ、マンチーニ、スモーリング、イバニェスといった選手たちは相手のプレッシングに対してアクションを起こすことが可能なメンツがそろっていたことも理由のひとつでした。ローマでシステムを考えるとき、セリエAの特性や他のチームの戦術もさることながら、まずはローマの選手たちの特徴も考慮しました。その中でも、システム変更に非常に大きな影響を与えたのがスピナッツォーラの存在でしたね。彼は3-4-3における非常に重要な攻撃の選手で、アタッキングサードから簡単にエンドライン数メートル前までボールを運ぶことができた。私のローマで最も重要な選手だと言えます。この変更でローマは勝利した。ですが、みなさんご存じのように私は4-2-3-1を持ち味とする監督です。現在はどこのクラブにも所属していないので、多くの試合を観ていますが、どのようなサッカーを学んだとしても、次に指揮するクラブでは、4-2-3-1か4-3-3を選択するのは間違いないでしょう」

<了>

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