後ろを向いてくれ、そしたらぼくは泣く

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言葉にならないね。
志村けんの死というのは。

あらゆるタブーを打ち破ってきた人というイメージが強い。子供がやりたくてもできないことをシレッとやってのけて、PTAが騒いでも「だっふんだ」なんだもの。こんなかっこいい人いないよ。
欽ちゃんがバディ・ホリーなら、志村はビートルズ。そしてダウンタウンがオアシス。だったらウンナンはブラーか。オアシスは永遠に偉大だけれど、ビートルズに夢中になるやつはこれからも増えていく。でもね、オーケー、ぼくはここで罪を告白したい。
コミックボンボンを読むのが恥ずかしくなってジャンプを読み始めたように、ぼくは小学4年でドリフを捨てて、ひょうきん族に飛び移った。そしてひょうきん族を捨てて、元気が出るテレビで笑うようになった。だから、ぼくのなかの志村けんは、永遠に「志村、うしろ!うしろ!」で止まっている。志村の背後から女の幽霊や、時には敵の忍者が近づくたびに、ブラウン管の前でぼくは志村に念力を送っていた。「うしろ、うしろ」って。ちょうど、超能力者ユリ・ゲラーが念力でスプーンを曲げまくっていた頃で、ぼくも、もしかしたら能力者かもしれないと思っていたから。
ぼくたち40代は、ある時期に通過儀式のように欽ちゃんやドリフと別れた。ダウンタウンはかっこ良く鋭角的だったし、何よりも女の子や音楽、ぼくが学ぶべきものが他にあった。志村よりも、オールナイトニッポン2部の方が素晴らしく魅力的だった。

そして大人になり、オールナイトニッポン2部すら縁遠くなった頃、いつしかぼくにはローマしか残っていなかった。元々いろんなものをつまみ食いするタイプではなく、これだと思ったら他の選択肢を捨ててしまうタイプのO型なのだから仕方ない。本当にそれがO型の特徴かはわからないけれども。

ローマがアメリカ資本になった2012年頃、退屈しのぎにラジオを点けてみた。もしかしたらインストールしたばかりのradikoが物珍しかったのかもしれない。適当にFM局にチューニングを合わせると、まるで伝えようという気のないポツポツと喋る男性の声が聞こえてきた。その男性は、好きなものを一生懸命拙い言葉で伝えようとしているようにも思えた。彼は、これから流すソウルミュージックがどれだけ素晴らしいか、かっこいいか、ボソボソと語っていた。それは、まるで暗い部屋の壁打ちテニスのようであり、もしくは、レコードマニアの友達が、秘蔵の黒人音楽の7インチを聴かせてくれるような真夜中の親密さがあった。何をレコメンドしたのか、残念ながら覚えていない。サム・クックか、オーティス・レディングか、もしくほマーヴィン・ゲイか、それとももっと無名の名盤か。

そのディスクジョッキーが志村けんだった。

大人になってから再会した志村は、ラジオでレコードを流して、背中で生き様を語るような男だった。ぼくにとっての志村けんはバカ殿でも、カトケンでもない。再会したその背中に、これからもぼくは語りかける。志村、うしろ、うしろを向いてくれよ。

この肩肘張った文章を志村けんさんに捧げます。


追記:超余談ですが、今日の題名はローマ速報の昔のブログ名です。

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